山東省の観光~中華文化に名を残す山東省を巡る~

孔子の故郷を巡る旅

春秋戦国、水滸伝と青島5日間の旅 山東省歴史の旅5日間 水泊梁山 山東歴史名城めぐり5日間

孔子(前551-前479)

中国,春秋時代の思想家。儒家の祖にして儒教の創始者。名は丘,字は仲尼(ちゅうじ),魯(山東省曲阜)の人。幼にして父母を失い,貧苦の中で学に志し,周公を理想の人物と仰いだ。(前551-前479)

孔子が説いた仁(人間愛)や礼などを重視した考えを体系化したものが儒教。「論語」は孔子の死後にその言行を弟子らがまとめた書物で、「過(あやま)ちては則(すなわ)ち改むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ」「朋(とも)あり、遠方より来(きた)る、また楽しからずや」などの言葉は有名。「温故知新」など論語に由来する四字熟語もあり、日本文化にも影響を与えた。

春秋時代の魯に、後年「文聖」「大成至聖先師」と称えられる思想家・教育家である孔子が現れた。彼の思想は後に「儒教」と呼ばれ、中国や東アジアに数千年に渡り重大な影響を及ぼすこととなる。孔子の死後わずか1年で、魯公は孔子に対する祭奠を行った。前漢に入ると高祖・劉邦はさらに大々的に孔子を祭る儀式を執り行わせた。孔子の子孫たちは曲阜に代々居住し、歴代朝廷から封賞を受け「衍聖公」という称号を世襲し、次第に中国でも第一の名家となった。その一族は21世紀の今日に至るまで続いているほか、曲阜周辺には10万人を超える孔姓の人々が住んでいる。

曲阜にある孔家の廟(孔子廟)や府(直系の子孫が住む宮殿)は孔廟・孔府と呼ばれ、歴代皇帝の保護のもと絶えず拡大し、今日見るような壮大な建築群となった。また曲阜の町の北方の、約10万の墓があるという林「孔林」は孔家の墓地で、一家族の墓地としては世界最大規模のものである。曲阜の孔府・孔廟・孔林(「三孔」)は世界遺産にも登録されている。ただし長年補修や管理が十分でなかった時期があり、文化大革命で一部損壊したものの修理も十分とはいえず、完全な状態ではない。そのほか、城の内外に孔子の弟子・顔回を祀る顔廟や西夏侯遺跡、周公廟、春秋書院、漢魯王墓、少昊陵、石門寺、宋景靈宮故址など無数の遺跡や文物が散在する。




曲阜は春秋戦国時代の魯国の首都、孔子ゆかりの場所として有名です。孔子の神霊を祭る「孔廟」、孔子の直系の子孫が代々住み、貴族の館である「孔府」、孔子の他約10万の孔家の墓が有り、一家族としては世界最大の墓地「孔林」の三つが三孔と呼ばれています。

儒教の国教化と共に、孔子の直系子孫は歴代王朝から優遇され、中国有数の名門貴族となりました。

孔廟の大成殿は北京故宮と並び中国宮廷建築の代表とされています。前の杏壇は、孔子が講義をした場所と伝えられており、教育界が「杏壇」と称される由来は、ここから発生したものです。

孔子の子孫は二文字の名前の最初の字が代を表します。孔子の子孫と称する人は数多く、直系でなければ現在400万人を超すと言われています。家系図も何回も編纂され200万人以上が記載されています。